やまなし
小さな谷川の底を写した二枚の青い
一、五月
二
『クラムボンはわらったよ。』
『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』
『クラムボンは
『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』
上の方や横の方は、青くくらく
『クラムボンはわらっていたよ。』
『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』
『それならなぜクラムボンはわらったの。』
『知らない。』
つぶつぶ泡が流れて行きます。蟹の子供らもぽっぽっぽっとつづけて五六
つうと銀のいろの腹をひるがえして、一疋の魚が頭の上を過ぎて行きました。
『クラムボンは死んだよ。』
『クラムボンは殺されたよ。』
『クラムボンは死んでしまったよ………。』
『殺されたよ。』
『それならなぜ殺された。』兄さんの蟹は、その右側の四本の
『わからない。』
魚がまたツウと
『クラムボンはわらったよ。』
『わらった。』
にわかにパッと明るくなり、日光の
波から来る光の
魚がこんどはそこら中の
『お魚はなぜああ行ったり来たりするの。』
弟の蟹がまぶしそうに
『何か悪いことをしてるんだよとってるんだよ。』
『とってるの。』
『うん。』
そのお魚がまた
『お魚は……。』
その時です。
兄さんの蟹ははっきりとその青いもののさきがコンパスのように黒く
二疋はまるで声も出ず居すくまってしまいました。
お父さんの蟹が出て来ました。
『どうしたい。ぶるぶるふるえているじゃないか。』
『お父さん、いまおかしなものが来たよ。』
『どんなもんだ。』
『青くてね、光るんだよ。はじがこんなに黒く尖ってるの。それが来たらお魚が上へのぼって行ったよ。』
『そいつの眼が赤かったかい。』
『わからない。』
『ふうん。しかし、そいつは鳥だよ。かわせみと云うんだ。
『お父さん、お魚はどこへ行ったの。』
『魚かい。魚はこわい所へ行った』
『こわいよ、お父さん。』
『いいいい、大丈夫だ。心配するな。そら、
泡と
『こわいよ、お父さん。』弟の蟹も云いました。
光の網はゆらゆら、のびたりちぢんだり、花びらの影はしずかに砂をすべりました。
二、十二月
蟹の子供らはもうよほど大きくなり、底の景色も夏から秋の間にすっかり変りました。
白い
そのつめたい水の底まで、ラムネの
蟹の子供らは、あんまり月が明るく水がきれいなので
『やっぱり
『兄さん、わざと大きく吐いてるんだい。僕だってわざとならもっと大きく吐けるよ。』
『吐いてごらん。おや、たったそれきりだろう。いいかい、兄さんが吐くから見ておいで。そら、ね、大きいだろう。』
『大きかないや、おんなじだい。』
『近くだから自分のが大きく見えるんだよ。そんなら一緒に吐いてみよう。いいかい、そら。』
『やっぱり僕の方大きいよ。』
『本当かい。じゃ、も一つはくよ。』
『だめだい、そんなにのびあがっては。』
またお父さんの蟹が出て来ました。
『もうねろねろ。
『お父さん、僕たちの泡どっち大きいの』
『それは兄さんの方だろう』
『そうじゃないよ、僕の方大きいんだよ』弟の蟹は泣きそうになりました。
そのとき、トブン。
黒い円い大きなものが、天井から落ちてずうっとしずんで又上へのぼって行きました。キラキラッと
『かわせみだ』子供らの蟹は
お父さんの蟹は、遠めがねのような両方の眼をあらん限り延ばして、よくよく見てから云いました。
『そうじゃない、あれはやまなしだ、流れて行くぞ、ついて行って見よう、ああいい
なるほど、そこらの月あかりの水の中は、やまなしのいい匂いでいっぱいでした。
三疋はぼかぼか流れて行くやまなしのあとを追いました。
その横あるきと、底の黒い三つの
間もなく水はサラサラ鳴り、天井の波はいよいよ青い
『どうだ、やっぱりやまなしだよ、よく熟している、いい匂いだろう。』
『おいしそうだね、お父さん』
『待て待て、もう二日ばかり待つとね、こいつは下へ
親子の蟹は三疋自分
波はいよいよ青じろい焔をゆらゆらとあげました、それは又
*
私の幻燈はこれでおしまいであります。